岩国1,2丁目付近

西岩国は、かつては山口県岩国市および玖珂郡にまたがる県東部の経済の中心地でした。今でいう岩国1,2丁目域内には大小さまざまな商店が軒を連ねる活気のある町でした。コチラの昔の地図というエントリでもおわかりいただけるかと思います。(小さすぎますかね! 但しこの地図に掲載されているお店は広告料を出したお店のみ掲載されています。)この町で全ての生活用品が揃い、遠くは六日市辺りにお住まいの方もこの本来の「岩国」に買い物に来られていたそうです。病院へも玖北方面からの方が多く来院されていたようです。昭和50年頃まで石見交通のバスが走っていたのもそのなごりでしょう。

 

子ども達の楽しみ「ゑびす祭」

毎年11月23日に玖珂町「国光米穀店」さんそばに臨時のお社を建て、商売繁盛の神様「恵比寿様」を近くの椎尾神社(しいのうじんじゃ)からお迎えして「ゑびす祭」というお祭りが催されています。恵美須様は商売の神様。この地で商いを営んでいたお店が、お客様・地域の方々への普段の感謝、並びに更なる商売繁盛の意を込めて始まったと聞いています。そのお祭りでは、各商店の協賛商品が当たるおみくじによるくじ引きや、屋台、また「ほいとう獅子」と呼ばれる行事、お店によるセールが行われます。

 

「ほいとう獅子」とは?

岩国1・2丁目町内会にはほぼ全町内会毎に獅子頭を所有しています。いわゆる皆さんの頭にイメージされている獅子頭です。その獅子頭をかぶり、子供たちが唄をうたいながら各家庭を訪問し、おこづかいを集めてまわるというイベントが「ほいとう獅子」という行事です。

11月22日子どもたちは放課後友達と遊ぶこともなくいそいそと帰宅します。各町内会には、「ほいとう獅子」に参加する子どもたちの集会所(実際は何と呼ばれるのかは不明です。私店主たちは「基地」と呼んでいたような、ないような。)が町内の方や親御さんたちによって設置され、一目散にそこへ集合します。紅白の垂れ幕で目隠しされ、太鼓も準備されます。こたつ、差し入れされたお茶やお菓子、みかんも準備され、子供にとっては天国の様な場所です。
私店主の頃は、小学生男子に限られていたのですが、今は女子も参加しているようです。ココにも少子化の影響がでていますね。(..)

 

それは、純和風 「Trick or Treat」 !?

「ほいとう獅子」本番は23日ですが、22日は宵山で、夕方から夜にかけても各お店家庭を訪問します。その際に歌うのが、、、

「舞い込んだ、舞い込んだ。 福の神が舞い込んだ。 何かひとつやっとくれ。」

この唄をうたいながら玄関を入っていきます。何の反応もないと、もう少し大きな声で聞こえるように再びうたいます。時には、獅子頭の背中についている鈴を鳴らすこともありました。なにせ、自分たちの小遣いの額にかかってきますからね、誰かに気づいてもらわないと。。。(..)
それぞれのお店やお宅では、お小遣いを獅子頭の口に入れてもらいます。時にはみかんを頂くこともあるのですが、現物支給の時はテンションが下がります。(..)
夜の町を子どもたちだけで歩くわけですから、年長者は小さな子どもたちの世話もしました。今では、このご時世ですので、親御さんが遠巻きについて廻られるようです。

 

子どもたちの社会

「ほいとう獅子」は子どもたちのための、子どもたちによる行事です。年長の子どもがリーダー役として「ほいとう獅子」を取り仕切ります。何処の方へ行くか、何時頃また「基地」へ戻るか、小さな子がちゃんと着いて来ているか。はたまた、最後に集まったお小遣いの分配も自分たちで歳の順番に額を決め分配していきました。

 

 

 

いつまでも続いて欲しい町のイベント

宵山の「ほいとう獅子」が終わると、みんなでうどんやラーメンを食べに行ったり、文房具屋さんで好きなプラモデルを買ったことを今でも覚えています。夜遅くまで遊んでいても親に怒られませんでした。他の地区ではない行事でしたので、(今では、川西横山でも同じような行事があります。)なんだかその地区に住む「特権」の様な気がしていたのも覚えています。そんな「ほいとう獅子」ですが、子供・お店の数が年々減少し寂しくなっています。